妻は女医 夫は専業主夫

妻(産婦人科 医師)が『生理痛の緩和・妊活・子宮頸がん予防・乳がん予防』等について発信。 夫(女子力高めな元社長)が『グルメ・美容・アンチエイジング・お笑い』等について発信。

夫婦の破天荒プロフィール(妻は女医、夫は専業主夫)

time 2017/10/30

夫婦の破天荒プロフィール(妻は女医、夫は専業主夫)

妻👩(マイ)

【職業】産婦人科の医師

「命の誕生に立ち会えるのが素敵!」と思い、産婦人科を選択。

仕事は超ハード。

・平日は朝8:00~17:30まで勤務(昼休みは10分取れたら奇跡

月12回の当直(朝8:00~翌日17:30まで連続33.5時間勤務)

月5回のオンコール(17:30~翌朝8:00まで14.5時間自宅待機。呼ばれたら夜中でも手術)

【性格】パリピ

日頃のストレスを酒とカラオケで発散。

日本酒は必ず2合で注文する酒豪。ぷらすビール・焼酎をチャンポン。

酔った勢いでカラオケに行き、X JAPANの紅をヘッドパンキングで熱唱。

※妊娠を機に、鉄の意志で断酒中。

【見た目】大門 未知子(ドクターX)にちょっぴり似てる

大門未知子を意識して細身のワンピース&ルブタンの靴で出勤したりする。

一見クールでキツそうだが、プライベートはお笑い&下ネタしか話さない

※妊娠を機に、ユニクロ・GU・H&M等のファストファッションに目覚める。

「生まれてくる子供のために貯金せねばっ!」

と焦っている。

※給料の大半を酒とブランド品に費やし、貯金が全然無い。

【趣味】スマホでマンガを読むこと

・コウノドリ
・ワンピース
・カイジ

【経歴】

農家の長女として生まれる。

父は高卒の元不良。母は専業主婦。

両親共に学が無いため、勉強をまったく教えてもらえなかった。

貧乏だったため、塾には通えず、進研ゼミすら買ってもらえなかった

なので勉強手段は教科書のみ

ド田舎の小学校だったため、同級生の女子は5人だけ。

5人の夢は『お嫁さんになること~☆』

小5のマイは思った。

「ちぇっ!  ヘドが出るぜ!  こんなド田舎で育って、貧乏で頭の悪い男と結婚して専業主婦になるなんて…   絶対に嫌だ!」

マイは両親に懇願した。

「中高一貫の、国立の進学校に行きたい…」

と。

中高での通信簿は6年連続オール5

と思いきや性教育の授業だけ唯一の4

悔しかった…

下ネタ好きのマイには自身があった。

「避妊の仕方なんて知ってるよ~」
「性病の種類ぐらい知ってるよ~」

完全になめていた。

ペッサリー!??

淋病!??

「全然聞いたことないぞ!?」

結果は80点しか取れなかった。

6年連続オール5の夢がついえた時である。(この時の悔しさが、後にマイを産婦人科医に導いたのかもしれない…)

しかし成績は6年連続トップ3に入っていたため、某国立大 医学部の推薦をもらう事ができた。

そしてセンター試験と面接だけで現役合格する。

入学金と6年間の授業料(トータル約350万)を全て奨学金で払う

家賃や生活費を工面するために、ファミレスや携帯販売のバイトするが、給料が安すぎて生活に困窮。

大学3年からスナックで働き始め、週6で出勤&同伴・アフターをこなすようになる。

酒とタバコの臭いにまみれたカラダで1コマから出席し、授業中は爆睡。

授業の内容も聞かず、ノートもろくに取れなかった。

なので医師の道を諦めようと思っていた。

しかし同級生達は優しかった。

「アルバイトで毎日大変だよね! いつでも私のノートコピーしていいからね!」
「今度のテストで出やすいとこは~ こことここ! 教授が言ってたよ!」

周りの同級生はお金持ちばかり

不動産会社の社長令嬢、開業医の娘、地主の娘などなど…

プライドが高く庶民を見下していそうなイメージは真逆だった。

むしろ苦労人のマイを「尊敬している」とまで言ってくれた。

周りの支えられたおかげで、医師国家試験にストレートで合格

24歳で医師免許を取得。

3年間の研修医期間を終え、27歳で産婦人科の医師になる。

 

夫👨(ユウイチ)

【職業】専業主夫(元社長)

IT関連の会社を3社経営していたが、32歳の時に過労とストレスで入院

会社を大手企業に全て売却し、社長を退任。

その後、友人の紹介で出会った女医(マイ)と付き合うことになる。

生活習慣を改善するための料理を作ってくれたり、病気の治療をサポートしてくれるマイに感動。

付き合って3ヵ月でプロポーズし、翌月に入籍する。

「若い内に研鑽を積んで、一流の産婦人科医になりたい!」

というマイの夢を叶えるべく、専業主夫になる事を決意

激務のマイに代わり、
役所に手続きに行ったり、銀行に振り込みに行ったり、医師免許の更新手続きまで代行したりしている。

料理は一汁三菜を心がけ、和食を中心とした料理を作っている。

【性格】パリピ

お酒と美味しい料理が大好きで、週5で飲み歩いている。

好きな言葉は『祭り』『宴』『わっしょい』

酔うとハッピーな気持ちが高まり、見知らぬ人にお酒をバンバン奢ってしまう。

散財しまくりの人生だったが、おかげで古今東西、色んな業種の仲間ができた。

この仲間達のおかげで、会社を3社も立ち上げることができた。

【見た目】小泉純一郎(元総理)

酒場に行くと友達から

「総理! 総理!」

と呼ばれるので、

「今はプライベートだからっ! 純ちゃんと呼べ! 純ちゃんと!」

とよくキレる。

【趣味1】全国を回り、グルメな写真をインスタにアップすること

全国を食べ歩き、美味な料理をインスタにアップしている。

フォロワー数は1万人を突破(2017年10月時点)
→インスタはこちら←

食の知識を極めるべく食生活アドバイザー2級を取得。

1級試験が存在せず、2級と3級しかないのが不思議(笑)

国内旅行が好きすぎて、国内旅行業務取扱管理者(国家資格)を取得。

※この資格で、旅行代理店を開ける

【趣味2】アンチエイジング

若くてかっこいいパパと子供に言われるため、アンチエイジングに熱中。

化粧水・美容液・乳液でスキンケアを行う。

リアップで発毛を促進し、ザガーロを飲んで脱毛を抑制している。

揚げ物や肉の脂身は控え、野菜を毎日食べ、サプリメントでビタミン・ミネラルを補給している。

ジムや自宅で筋トレに励んでいる。

「女子力高っ!!」

と女子からよく言われる。

【経歴】

中流階級のサラリーマン家庭の長男として生まれる。

~小学校時代~

ぜんそく&虚弱体質で入院を繰り返す
・クラスで背が1番低く、4年生~6年生まで壮絶なイジメに合う

“教祖” “幹部” “信者”と呼ばれる3人組に、”除霊”と称してボコボコに殴られていました。

「ランドセルが呪われている!」と言われ、筆箱・ノート・教科書等を裏山に投げ捨ていました。

~中学校時代~

さらに壮絶なイジメに合う

中1の時、プロレスマニアの同級生に気に入られ、プロレス技の実験体となる。

中2の時、初めて彼女ができる。

その直後、同級生のヤンキーの番長も好きだったことが判明。

番長の兄は有名暴走族の幹部だったため、中2・中3のヤンキー達からリンチされる日々が続く。

中3までの3年間イジメ抜かれ、全身はいつもアザだらけでした

女子達の前で羽交い絞めにされ、下半身をさらされた屈辱は死ぬまで忘れないだろう!

~高校時代~

ヤンキーから逃げるために猛勉強し、公立の進学校に合格。

「強くなりたい!」と思い応援団に入る。

1日140回の腕立て伏せ・200回の腹筋を3年間やり抜く。

「弱い心が嫌だ!」と思い、パンクロックにハマる。

メジャーデビューを目標に掲げ、授業をさぼってバンドの練習に明け暮れる。

結果、成績は360人中356位のアホ学生に成り下がる。

結局バンドは解散。

~大学時代~

偏差値40のアホアホ私立大学に合格。

周りもアホだらけだったため、学校に行かず、酒・パチスロ・麻雀に明け暮れる

がっしかし!

大学2年の夏、彼女ができ、童貞を卒業。

「彼女を絶対に幸せにする! いい会社に入ってプロポーズして結婚するんだ!」

と心に誓い、猛勉強する。

成績はみるみる上がり、アホ200人中3位まで駆け上がり、1部上場の建設会社から内定をもらう

~サラリーマン時代~

22歳4月、東京本社で入社式を迎える。

同期は20人。東大、京大、早稲田、慶応、大阪大、神戸大、東北大などなど…

私以外の同期はみな高学歴

アホ大卒は私一人でした。

しかし同期はみな優しく、

「同じ試験をくぐり抜けた俺らは仲間や!」
「一緒に頑張ろうな!」

と温かい連中ばかりでした。

そして同期20人それぞれに教育担当が付きました。

私に付いた教育担当は35歳の爽やかで物腰の柔らかい男性でした。

「わからない事はなんでも質問してね♪ これから一緒に頑張ろう!」

優しい先輩の言葉に心躍りました。

そして退社時間17時30分、先輩から

「今夜2人で飲みに行かない? ユウイチ君の歓迎会を開かせてよ♪」

と言われ近所の居酒屋へ行くことに。

生ビールで乾杯すると先輩から

「ユウイチ君って○○大学卒だよね?」
「コネとかあったの? うちの会社の上層部に親戚とかいるの?」

と質問され、私は正直に

「コネも無いし、親戚もいないし、筆記・面接試験を突破して入社できました。」

と説明。

その瞬間、上司はタバコに火をつけ豹変。

「○○大学って、アホしかいないクソ大学だよな?」
「なんでそんなアホ大の奴がうちの会社に入れたワケ?」
「マジ意味わかんねぇ~」
「俺は立命館出たんだけど、受験資格なかったから、下請けの会社で頑張って頑張って、35歳になってやっと中途で入社できたんだわ。」
「立命館より格下のお前が新卒入社とかマジムカつくは~」
「お前、明日から絶対俺に話かけんなよ!」
「お前は俺の奴隷だから。」
「俺より早く出社しろよ! そして俺より早く帰るな!」

あまりの豹変ぶりに頭がフリーズしました。

翌日から地獄の日々が始まりました

片道の通勤に1時間半かかるため、毎朝4:30起床。

帰りは毎日終電で、深夜1:30に帰宅。

歯を磨きシャワーを浴び2:00に就寝。

2時間半しか寝れない毎日。(行きの電車でプラス40分は寝れましたが)

土日祝日も出社し、休みは月1回だけ

周りの同期は設計の仕事を教えてもらい、グングン成長していく一方、私はコピーと書類のホチキス止めばかり

たまに上司に喫煙室に連れていかれ、コミュニケーションといえば愚痴を聞かされるだけ

「本当、この仕事辛いは~」
「楽しいことなんて一つもない」
「正直この仕事辞めたいんだよな~」
「けどこの業界でこれ以上給料もらえる会社ないから、ここにいるしかないんだよな~」
「周りの主任も課長も鬱病だらけだよ。ぶっちゃけ。」
「みんな我慢して、耐えて耐えて仕事してるんだからな!」
「これがあと25年続くのか~ 早く部長になりたいな~」
「けど無理か。俺みたいな中途採用は出世できないんだよな…」
「一生こき使われて終わるんだよな~」

クソみたいな愚痴のはけ口にされ続けました。

結果うつ病になり、胃炎で吐血し、突発性難聴になりました。

「夢も希望もありゃしない」
「このままでは死んでしまう」

サラリーマン生活に絶望し、わずか10ヵ月で会社を退職しました。

ニートになり6ヵ月後、日本で5本の指に入る建築設計事務所に入社できました

配属は北海道支社。

22歳の私以外、周りは皆40歳オーバー。

直属の上司は43歳男性。

見た目は根暗でオタクな感じだが、初日から丁寧に設計の仕事を教えてくれました。

「やっとまともな上司に出会えた…」

と安堵したのは束の間。

入社10日目に上司は豹変しました。

「このニワトリがーーー!」

という叫びと共に、後頭部にパンチが飛んでくるようになりました。

取引先から設計クレームがあると

「クソったれーーー!」

と叫び机の書類をぶちまけるようになりました。

それが私の後頭部に当たったりしました。

取引先でのプレゼンが上手くいき、契約を取ったにも関わらず、プレゼン内容について重箱の隅をつつかれ、叩かれ・蹴られ1時間以上説教されました

日常的な暴力を、他の上司は見て見ぬふりでした

しかし今回は逃げませんでした。

「いつかこのキチガイ社畜共を見返してやる!」
「こいつらは高級ホテル・高級マンションを設計したところで、43歳になっても年収600万の庶民。」
「金持ちのために働く奴隷にすぎない。」

と考えるようにしました。

心の中で「FU〇K! FU〇K! FU〇K!」と唱えながら、耐えて、耐えて、働きました。

会社に寝泊まりして働きまくりました。

そして3年後…

東京本社の設計本部に異動することができました!

いわゆるご栄転です。

がしかし、

前職と同じく周りは高学歴だらけ。

学歴差別されるんじゃないかと不安になりました

けど大丈夫だした。

圧倒的に仕事ができるようになっていました

競合他社が参加する、設計コンペでプレゼンすれば勝率7割

取引先の部長・役員・社長の前で、物怖じせずにプレゼンし、契約を取りまくりました

クレーム処理に苦悩する上司の代わり、率先して取引先に出向き、謝罪し和解にもっていきました。

先輩たちからバクショ(=爆弾処理班)と呼ばれるようになりました。

社内の設計者200人が参加する設計プレゼン大会で優勝しました。

けど現状は最低のままでした…

・深夜までサービス残業
・土日祝日サービス出勤
・特別ボーナスも無く、年収は300万ちょっと

合コンに行く時間もなけりゃ、キャバクラで飲めるほど余裕もない。

「そうだ! 起業しよう! 社長になればお金も稼げて女にもモテてるはず!」

アホな事を思いつきました。

「けど、どんな商売をすれば儲かるんだ…??」

まったくアイデアが浮かびませんでした。

なのでとりあえず会社の作り方的な本を買いました。

「何っ!? 資本金1円でも株式会社を作れるのか!」

テンションが上がりました。

「起業するなら最低限の法律を勉強しよう!」

と思い、大学で使っていた民法の教科書をひたすら読みました。

「時代はITだよな! よし! ITを使った商売にしよう!」

と思い、ITに関する商売・ニュースを徹底的に調べました。

「よし! スマホを使った宅配システムを作ろう!」
「地図を暗記して宅配するなんて大変だし、道に迷うリスクがあるよな!」
「スマホにデリバリーの注文が入り、配達先住所を押すとナビが発動するみたいな…」

そんなアイデアが浮かび、ネットで知り合ったプログラマーと協力して開発を始めました。

そんな事を仕事終りの深夜0時~朝4時まで毎日していました。

アドレナリンが出ていたせいか、疲れをまったく感じませんでした。

そんなある日、

深夜にしゃっくりが出だしました。

そして血をバシャー!っと吐きました。

タクシーで救急外来に行くと、食道に亀裂が見つかりました

その数日後、

突発性難聴も起きてしまいました

この時、

「このシステムを作って絶対に成功してやる!」

という思いが強かったので、会社を辞めることにしました。

退職から3ヵ月後、ついに宅配システムが完成しました。

しかしシステムをどうやって売り込めばいいのか分かりませんでした。

なので、

片っ端から地元の飲食店を訪ねて回りました。

結果、

「いま忙しいから後にしてくれ!」
「営業の訪問はうんざりだから!帰ってくれ!」

と言われ続け、まったく相手にされませんでした。

気持ちが落ち込み、馴染みの酒場に飲みに行くことにしました…

カウンター席で1人飲んでいると、隣の男が声をかけてきました。

「君はどんな仕事してる人?」

40代半ばのガタイのいい、眼光がギラギラした男でした。

「会社を辞めて、起業の準備をしています。」
「飲食店向けの宅配システムを作ったんですけど、どこのお店も全然相手にしてくれなくて…」

と答えると男は

「明日、俺の事務所にプレゼンしに来てよ!」

と言って名刺を渡してきました。

名刺を見て驚愕しました。

男は地元で有名な飲食店20店舗を経営するT社長だったのです

翌日、T社長の事務所でプレゼンしました。

すると社長は

「すげぇいいシステムじゃん!」
「うちの会社が契約第1号になるよ!」
「早く会社作って、契約書持ってきてよ!」

奇跡が起きた瞬間でした

~社長時代~

この出来事を皮切りに、事業は急速に拡大していきました。

T社長から色んな飲食店を紹介してもらい、契約がバンバン取れました

会社の内部留保(利益)がどんどん溜まっていきました。

これを元手にIT関連の会社を2社買収しました

死に物狂いで働いた結果、

私は32歳で3つの会社の社長になっていました

そんなある日、

全身が痺れて布団から起き上がれなくなった。

病院に行くと医師から

「過労と飲酒で、肝臓や胃がかなり悪くなってる。」
「こんな生活を続けてたら早死にするよ!?」
「入院したほうがいい!」

と言われました。

当時の私は様々な重圧に押しつぶされそうになっていました。

社員から給与アップを要求され、断れば「競合他社に転職する」と脅されたり、

社員がグルになって架空の残業代を請求してきたり、

取引先から契約を継続する見返りとして、接待や金品を要求されたり、

精神的にボロボロになっていました。

重圧と孤独に耐えられず、毎晩浴びるように飲み歩いていました。

家に帰った記憶は無く、気づくと床やソファーで目覚める毎日でした。

金を稼いで、めいいっぱい旅行する

とか

女にモテてる

とか

そんな甘い世界とは無縁の状態でした。

入院の1ヵ月間、

これまでお世話になった先輩方がお見舞いに来てくれました。

そしてある先輩が言いました。

「ユウイチちゃんさ。もう無理すんなよ。」

「君が32でここまで会社をデカするなんて、思いもしなかった…」

「脱帽だよ。 脱帽…」

「俺は32でここまで成り上がれなかった。」

「回り道して、回り道して、40代でやっとここまでこれた。」

「お前のこと、マジで尊敬してる。」

「だから一旦休め。死んだら全部意味なくなる」

「お前の会社に興味を示してる大手の会社がある」

「そこに会社ごと売るのも一つの手だぞ」

「大手がお前の会社に興味を示したってことは、企業価値を認められたってことだ」

「すげぇことじゃん!!」

あの大手のY社がうちの会社を買いたいだって!??

夢を見てる気分でした。

10秒間フリーズした後、

涙が溢れてきました。

「止めなくて良かった… 諦めないでよかった…」

「こんな俺でも認めてもらえた…」

「頑張って良かった… 生きてて良かった…」

退院後、Y社と3ヵ月に渡る協議を重ね、会社を全て売却しました。

後悔は微塵もありません。

自由な心と自由な時間を手に入れました。

そしてマイと出会えました。

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